大阪高等裁判所 平成8年(う)254号 判決 1996年9月17日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
原審における未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人森川正章作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官糟谷道彦作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、原判決は、被告人と甲野、乙谷との恐喝の共謀を認定しているが、被告人は実行行為に全く加わっておらず、甲野らの行為を利用して自己の犯罪を実現しようとしたものでもないから、共謀を認めることはできないのであって、その点で、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というものである。
そこで、記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討すると、原判示罪となるべき事実の犯行に関し、次の経緯が認められる。
被告人は、山口組系倉本組組員であり、Xの経営するプチラウンジ「M」からいわゆる守料を得て同店で発生するもめ事を治める用心棒をしていたものであるところ、平成六年一二月二八日、Xから、同店に疋田組のY下という男が来て迷惑している旨の連絡を受けたが、所用のため自身では同店に行くことができなかったことから、かねて懇意にしていた山口組系山健組内疋田組若頭甲野に依頼して、代りに同店まで出向いてもらうことにした。甲野は、疋田組にY下という者はいないことから組の名を騙る者が同店に来ているものと考え、配下の組員とともに同店に乗り込んだところ、店にいたのは、疋田組組長の兄弟分で、暴力団の組織上自分より目上にあたる山口組系中野会組員のY川であったため、両目を失い、気まずい思いをすることになった。そこで、甲野は、その日のうちに、被告人に対し、Y川をY下と間違えた事情につき、Xに釈明させるよう求めたが、Xから詫びの電話ひとつなかったので腹を立て、翌二九日、被告人に電話して、いくら待ってもXからは連絡がないこと、前日被告人から前記依頼の電話を受けたときは、組の幹部会の最中だったが、それを抜けて「M」に行ったこと、などの苦情を言ったうえ、同人との面談を手配するよう要求した。その際、被告人は、甲野にむだ足を踏ませたうえ、気まずい思いをさせたことに対する詫びとして飯代または車代名目で二〇万ないし三〇万円を渡すことで始末をつけようと考え、「飯代や車代を出させる。」等と応じたが、甲野は「そんなもんですまへんやろ。」と言って納得しないので、「相手をよう知っとるし、わしはそんなことは言われへん。それやったらおまえが言え。自分から言わんかい。」と言い、その日のうちに、姫路市内のホテル・サンシャイン青山の喫茶室でXと会って、前日甲野が被告人の代わりに「M」に行った経過を説明し、「甲野は幹部会に出とったところを店に行ってくれたのに、相手が中野会のY川だったのでヘタうたしてしまった。だから、それなりの礼をせなあかん。組の者を連れて行っているので、飯代、足代として二〇万位包もうと思っている。」と話したところ、Xも「それで話がつくんやったら、それくらいの金は私が出しましょう。」と了解した。そこで、被告人が電話で両者と連絡をとって面談の日時場所を打ち合わせ、翌三〇日午後三時過ぎころ、被告人経営のB産業事務所に被告人、X、甲野及び同人が連れて来た疋田組組員乙谷が集まり、同日午後四時ころまでの間、同所において、甲野と乙谷が、Xに対し、原判示のような言辞を弄して金員の提供と手形の割引を要求し、現金三〇〇万円については同日午後一二時までに、手形割引金については翌三一日の午後一二時までに、いずれも被告人に届けるよう指示した。その間、被告人は、Xから右喝取金を受け取ることは引き受けたものの、同人に対して脅迫的な言動は示しておらず、甲野が一〇〇〇万円を要求したときには、「ちょっと待て。そんなもん、ゴジャ(無理難題)やないか。ゴジャ言わんと、下げて物を言えや。」と言って制している。そして、同月三〇日午後七時三〇分ころ、Xが右事務所に一〇〇万円ずつ帯封した現金三〇〇万円を持参したときにも、甲野に対しては、百七、八十万はできたが、三〇〇万はできないとXが言っているので二〇〇万位でおさめてもらいたい旨電話で値切り交渉をし、甲野が承諾しなかったので、同夜同人に右喝取金を届けるときには、帯封を解き、ばらばらに集めて工面したように見せかけた。その際、甲野が、右三〇〇万円のなかから五〇万円を取っておくように言ったので、五〇万円を手元に置き、残りの二五〇万円を甲野に届けたが、Xには当日か遅くとも翌日にそのことを話し、その処理について同人の意見を聞こうとしている。また、手形割引については、Xができないと言ってきたのをそのまま甲野に伝えている。
以上のとおり認めることができ、なお、公訴事実によれば、甲野がXを脅迫していたとき、被告人も、甲野に調子を合わせて「甲野は幹部会を抜けてお前の店へ行ったんや。幹部会にちゃんとした話持って帰らなあかん言うとんのや。」と脅迫したというのであるが、被告人は、原審公判において、甲野が幹部会のことを持ち出してXを脅迫しているとき、自分も、相槌を打つようなことは言ったけれども、その場の空気を和らげる調子で言ったにすぎない旨供述しており、原審証人Xも、同人が甲野から脅迫されている時、被告人が「幹部会云々でネジを巻かれとるから、きっちりしたもんを持って帰らんと、組の中で甲野自身の顔がないんじゃ。」というようなことを言った旨供述しているものの、同証人の供述からは、当時被告人からも脅迫されたという認識はなかったことが窺われ、原審証人甲野は、被告人の右のような言葉を聞いた記憶がないと供述しており、乙谷の検察官調書抄本にも、被告人が右のような言葉でXを脅した旨の供述記載はなく、甲野がXに一〇〇〇万円とか三〇〇万円とかを要求していた際、被告人が甲野に対して「こないだの話のようにしたってくれへんか。」と金額的にもう少しまけられないかといった意味のことを二、三回言っていた旨の供述記載があるのみであって、これらを総合すると、被告人が、右のような言葉でXを脅したと認めるに足りる証拠はないといわなければならない。
以上の認定事実によれば、被告人は、前記二九日の甲野との電話で、同人が二〇万円程度の詫び料では到底納得せず、Xに対してより多額の金銭を要求し、同人が素直に応じなければ暴力団の威力を背景に脅迫することが予想されたのに、甲野にXを引き合わせ、また、その後、喝取金の受け渡しを仲介するなどして、本件恐喝の犯行の実現に相当程度寄与していることは明らかであるけれども、恐喝の実行行為を分担したものとは認められず(原判決は、喝取金の受領行為を恐喝行為の典型的な実行行為の一部であると説示しているが、喝取金の交付を受ける行為は、それが恐喝の犯意のある者によって行われた場合にのみ恐喝の実行行為にあたるというべきである。)、Xの経営する店の用心棒という関係にあり、しかも、本来被告人自身がXの店に行かなければならないのに、甲野に代わりを頼み、その際、Xと共に組関係の客の名前を間違えて伝えて甲野の面目を潰したといういきさつもあって、甲野の右詫び料の要求に対しては、同人との友好関係に配慮しつつも、他方で、Xの側にあって同人をかばわざるを得ない立場にあり、そのため、当初は、二〇万円程度の金額でことを治めようと考えてその旨Xから了解をとり、甲野に働きかけ、Xが現金三〇〇万円を支払うことになった後も、甲野に値引き交渉をしていること、甲野から分け前の趣旨で五〇万円を受け取ったが、それは、Xが持参した三〇〇万円を甲野のもとへとどける段になって同人が言い出したことによるものであり、さらに、右五〇万円のことを遅くとも翌日にはXに告げ、その処理について同人の意見を聞こうとしていることなどにかんがみると、被告人に甲野らの行為を利用し同人とともに恐喝罪を行おうとする犯意があったとは認めがたい。
してみると、被告人は実行行為を分担しておらず、甲野、乙谷との間で共謀があったと認めることもできないので、被告人に共同正犯としての罪責を認めるべき証拠は不十分であるといわざるを得ないから、原判決はこの点に関し事実の認定を誤ったものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄すべきであるが、本件につき被告人の関与を前記のように検討したところによれば、被告人については恐喝幇助の事実を認定すべきものと考えられる。そして、右恐喝幇助の事実は被告人に対する本件公訴事実中に包含されているものとみることができ、また、原審における審理の具体的経緯に照らすと、当審において、訴因変更をしないで恐喝幇助の事実を認定しても、被告人の防御に実質的な不利益を与えるものではないと判断されるから、同法四〇〇条ただし書により更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は、山口組系倉本組組員で、X(当時三五歳)が経営するプチラウンジ「M」からいわゆる守料を得て同店で発生するもめ事を治める用心棒をしていたものであるが、平成六年一二月二八日、Xから、同店に疋田組のY下という男が来て迷惑している旨の連絡を受けたので、かねて懇意にしていた山口組系山健組内疋田組若頭甲野に依頼して、代わりに同店まで出向いてもらうことにした。甲野は、疋田組にY下という者はいないことから組の名を騙る者がいると考え、配下の組員とともに同店に乗り込んだところ、店にいたのは、疋田組組長の兄弟分で、暴力団の組織上自分より目上にあたる山口組系中野会組員のY川であったことから、面目を失い、気まずい思いをすることになった。そこで、甲野は、その日のうちに、被告人に対し、Y川をY下と間違えた事情につき、Xに釈明させるよう求めたが、Xから詫びの電話ひとつなかったために腹を立て、同人から詫び料の名目で金銭を脅し取ろうと企て、疋田組組員乙谷と共謀のうえ、同月三〇日午後三時過ぎころ、姫路市<番地略>にある被告人経営のB産業事務所において、Xに対し、甲野が「この間店に行ったら、自分のおじきやった。名前間違うて来て恥をかいた。自分が手一本足一本で済まんことや。」「今日お前がここへけえへんかったら(来なかったら)、今日の晩、店めぎに(壊しに)行くんやったんやけど、若い衆をわしが押えとんのや。」「二〇万というような金額で話をしとうらしいけれども、そんな眠たいことを言うとったらあかんのやぞ。」「なんやそれ、わしの体が一〇〇万か。わしはお前から一本取ったろうと思うとんのや。一本は一本でも桁が違う。一〇〇〇万円や。」等と大声で言い、乙谷が「おやじをあほにしとんか。」「うんうん言うとらんと、はいはい言わんかい。」「おやじになんぼ出しますと言わんかい。」等と言って迫り、もしその要求に応じなければ、Xの生命、身体、財産等になんらかの危害を加えかねない気勢を示して同人を畏怖させ、同日午後七時三〇分ころ、前記B産業事務所において、被告人を介して現金三〇〇万円の交付を受けてこれを喝取したのであるが、その際、被告人は、甲野がXから金銭を脅し取ろうとしていることを知りながら、甲野の依頼により、前記日時場所でXを甲野と乙谷に引き会わせ、さらに、同人らに代わってXから喝取金を受け取り、もって、甲野らの右犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。
(証拠の標目)
被告人の当審公判廷における供述のほかは、原判決が挙示する証拠のとおり。
(累犯前科)
原判示のとおり。
(法令の適用)
被告人の所為は、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二四九条一項、六二条一項に該当するところ、前記の前科があるから同法五九条、五六条一項、五七条により三犯の加重をし、従犯であるから同法六三条、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二一条により原審における未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 佐野哲生)